ある夏の日。アメリカから来た12歳のコヴァスは、初めて母の故郷であるリトアニアを訪れる。母ヴィクトリアは、離婚をきっかけに、かつて暮らしていた土地を取り戻し、息子とともに新しい生活を始めようとしていた。
新しい国として歩み始めたリトアニア。人の気配がまばらな街並み、やけに大きく感じられる空。眩しい日差しが降り注ぐなかで、コヴァスの目に映る景色は、見慣れない光景だった。両親の離婚からまだ立ち直れていないコヴァスは、この夏休みで気持ちを紛らわせたいと思っていた。お菓子を手に、ほんの少し背伸びをするように歳の近い子どもたちの輪に入ろうとするが、一歩引いてしまい、うまく馴染めない。
そんななか、ふたりはヴィクトリアの昔からの友人ロマスと、その娘マリアと会うことに。コヴァスは、ヴィクトリアとロマスの仲の良さがどこか気になりながら、マリアと過ごす時間が日常の一部になっていく。
そのころ、ヴィクトリアが取り戻そうとしている昔の家には、別の家族が暮らしていることを知る。噛み合わないまま話を続ける大人たちを、コヴァスはただ見ていることしかできない。少しずつ、これまで知らなかった母の秘めた一面と、その故郷リトアニアに息づく時間に触れていく。この夏、コヴァスはまだ見ぬ世界に出会う――。
ワシントンD.C.にてリトアニア移民の家庭に生まれ育つ。コロンビア大学で学士号を取得後、企業コンサルタントとして1年間勤務するも、映画制作の道へ進むことを決意。編集者としてキャリアをスタートし、その後ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)で映画監督を専攻し、修士課程を修了した。AFIでの卒業制作短編『KALIFORNIJA』は、ロサンゼルスに暮らすリトアニア移民を描いた作品で、学生アカデミー賞の全米ファイナリストに選出され、アメリカ国内でも高く評価された。続く短編『SQUIRREL』は2015年ベルリン国際映画祭にて上映されている。また編集者としても活動し、テレンス・マリック、ケリー・ライカート、レナ・ダナムら国際的に評価の高い監督の作品に参加。これまでに6本の長編映画で主任編集を務め、そのうちの作品群は2017年サンダンス映画祭審査員大賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。『MOTHERLAND』は、トーマス・ヴェングリスの長編監督デビュー作であり、リトアニア・ヴィリニュスにて撮影・編集が行われた。
日本は芸術や映画において非常に豊かな歴史を持つ国であり、私の作品を日本の観客の皆様と共有できることを、この上ない光栄に思います。前回、東京を訪れた際には、出会った人々の間に詩的なエネルギーを感じました。言葉の壁によって口頭でのコミュニケーションが難しい場面も多くありましたが、芸術や音楽、映画、そして食に対する共通の敬意と愛情が、言語や国籍を超えて人と人とを結びつけていることを実感しました。
『MOTHERLAND』は、母の故郷であるリトアニアを訪れた少年が、不安を抱えながら大人への第一歩を踏み出す姿を描いた、私にとって非常に大切な作品です。当時のリトアニアという国もまた、ソ連崩壊後の独立という新たな第一歩を、不安とともに踏み出そうとしている最中でした。
映画は特定の時代と場所を舞台にしていますが、家族、過去、そしてアイデンティティという根底にある問いが、バルト海沿岸を訪れたことのない人々にも、普遍的な共感をもって受け止められるものだと信じています。また、祖父母の村や幼少期の故郷を訪れた時に私たちが感じるのと同じ感情を描いています。かつての自分と比べて、「今の自分は誰なのか」と自問するその感覚、リトアニアのことわざにあるように、「同じ川に二度足を踏み入れることはできない」という感覚を味わうために、わざわざ国を離れる必要はありません。
私はリトアニア系移民の多くの子供たちと同じように、どこか亡命者として生まれたような気がしていました。子供の頃、両親の故郷は、限りなく美しい神話的な土地だと聞かされて育ち、リトアニアのルーツによって自分自身を定義していました。しかし、ソビエト連邦崩壊後、初めて大西洋を渡った時、そのイメージとは異なる現実に直面しました。そこは、複雑な問題を抱えた小さな国があり、見知らぬ人々の怒りの表情、荒廃した建物、そして新たな現実の中で必死に生きようとする人々。それは不思議でありながら、どこか心に馴染む感覚でもありました。
この夏、日本の観客の皆様に本作をお届けできることが本当に嬉しく、胸を躍らせています。1990年代初頭のバルト三国における激動の時代の一端を、皆様に感じていただければ幸いです。例えば、初めてのキスや、この見知らぬ土地で自分を支えてくれる温かい友情を夢見る、大人になることを待ちわびる内気で情熱的な少年。あるいは、郷愁に駆られ、理想化された過去にこそ救いがあると信じ、かつての恋人や家族の遺産にすがりながら、揺れ動く世界の中で生きようとする母親。登場人物たちにご自身の姿を重ねていただければと思います。
そして、これは、私自身が実際に生きた時代を描いた映画です。観客の皆様がスクリーンを通して、私の経験を共有すると同時に、登場人物の視点に深く入り込み、初恋、初めての裏切り、そして親もまた欠点を抱えた複雑な人間であると気づきといった、初めての経験の痛烈な新鮮さ、あの純粋無垢な青春時代を思い出してほしいのです。私たちの国は遠く離れていますが、この映画が1990年代のリトアニアの世界へ観客を深く引き込むだけでなく、日本の観客の皆様と心を通わせ、心の奥底にある感情は皆同じだということを改めて感じていただけることを願っています。